「いい家庭にしたい」が強すぎた

私は昔、

とにかく“いい家庭”を作りたかった。

喧嘩のない家庭。

ちゃんとした夫婦。

きちんと育つ子ども。

理想の家族像が、頭の中にあった。

だから、

夫にも求めた。

「ちゃんと話して」

「ちゃんと向き合って」

「ちゃんと父親して」

私は愛していた。

でもその愛は、

「こうあるべき」に変わっていた。

夫は優しくて、おとなしい人。

でも私は、

その不器用な優しさを認めるよりも

「足りないところ」を見ていた。

思い通りにいかないと、

すぐに不安になる。

「このままで大丈夫?」

「ちゃんとした家庭にならなかったら?」

その不安が、

責める言葉になった。

否定になった。

正しさになった。

そしてある日、気づいた。

私はこれを、子どもにもやっている、と。

「ちゃんとしなさい」は、私の不安だった

宿題は先にやりなさい。

ゲームは後。

いい子でいなさい。

外で元気に遊びなさい。

全部、

“この子のため”のつもりだった。

でも本当は、

「ちゃんと育たなかったらどうしよう」

「社会で通用しなかったらどうしよう」

という、私の怖さだった。

怖さは、

“べき”に変わる。

夫にも。

子どもにも。

私はずっと、

“いい家庭”を作ろうとしていた。

でもその「いい家庭」は、

私の理想であって、

家族一人一人の気持ちではなかった。

追い詰めていたのは、愛のつもりだった

夫は、

自信をなくしていった。

子どもは、

エネルギーを失っていった。

いつも怒られる。

いつも足りないと言われる。

いつも「今のままじゃダメ」と言われる。

そうすると、

人は自分を信じられなくなる。

学校に行けなくなったのは、

サボりじゃない。

自信が削られた結果だった。

夫婦がうまくいかなくなったのも、

愛がなかったからじゃない。

“正しさ”が強すぎただけ。

抜けたのは、子どもじゃなかった

不登校を抜けたのは、

子どもじゃなかった。

まず抜けたのは、私。

「今日どうか」

「今ちゃんとしてるか」

そこから抜けた。

何十年も生きる人を見る視点に立った。

夫も、

子どもも、

“今足りない人”じゃなくて、

“育っている途中の人”。

そう思えた時、

責める必要がなくなった。

家庭は、

整えようとして整うものじゃない。

安心が戻ったとき、

自然と整う。

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