「ある」を見ているのに、なぜか苦しくなる理由

「夫の“ある”を見るようにしているのに、全然変わりません」

「子どものいいところを見て、褒めるようにしているのに変わりません」

そんなふうに悩んでいる方がいます。

夫の足りないところではなく、「ある」を見る。

子どものできないところではなく、いいところを見る。

もちろん、それはとても大切なことだと思います。

でも、もしそれを頑張れば頑張るほど苦しくなっているとしたら、

一度、考えてみてほしいんです。

私は何のために、「ある」を見ようとしているんだろう?

「私が夫のいいところを見れば、夫も優しくなってくれる」

「子どもを褒めたら、もっと頑張ってくれる」

「私が認めてあげたら、子どもも変わってくれる」

もし心のどこかでそう思っているとしたら、

「あるを見る」ことが、

いつの間にか相手を変えるための方法になっているのかもしれません。

そうすると、相手が変わらなかった時に、

「こんなに頑張ってるのに」

「こんなにいいところを見てるのに」

「こんなに褒めてるのに」

「どうして変わってくれないの?」

と、どんどん苦しくなってしまいます。

でも私は、

「ある」を見るのは、相手を変えるためではない

と思っています。

例えば、

夫の足りないところばかりを探して生きる私と、

「この人には、こんな素敵なところがある」

と、夫を心から尊敬できる私。

子どもの「できない」を探し続けるお母さんと、

「うちの子には、こんなに素敵なところがあるんです」

と、誰の前でも我が子の素晴らしさを話せるお母さん。

私は、どちらの自分で生きていきたいだろう?

そう考えてみる。

「ある」を見るって、

相手を変えるためのテクニックではなく、

自分がどんな人でありたいのかを、自分で選ぶこと

なんじゃないかなと思います。

私は、夫を尊敬できる私でいたい。

私は、子どもの素敵なところを見つけられるお母さんでいたい。

私は、大切な人の足りないところばかりではなく、

その人の素晴らしさを見られる人でいたい。

だから、「ある」を見る。

そう考えたら、相手がすぐに変わらなくてもいいんです。

夫が期待した反応をしてくれなくても。

子どもがすぐに変わらなくても。

だって、相手を変えるためにやっていることではないから。

自分自身が、どんな目で大切な人を見て、

どんな自分として生きていきたいのか。

それを自分で選んでいるからです。

相手が変わらなければ幸せになれない。

そう思っていると、自分の幸せはずっと相手次第になってしまいます。

でも、

「私は、どんな自分でいたい?」

は、自分で選ぶことができます。

相手が変わらなくても、自分の見方が変わることで、

自分自身が少しずつ生きやすくなることがあります。

「ある」を見ることで変えていくのは、

相手ではなく、まず自分自身。

相手を変えるためではなく、

自分が、自分の好きな自分で生きていくために「ある」を見る。

私は、それが本当の意味で「あるを見る」ということなんじゃないかなと思っています

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